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吉田修一の同名小説の映画化作品。
八王子で起きた夫婦殺害事件の犯人が行方をくらましてから1年後、東京・千葉・沖縄のそれぞれに素性のしれない男が現れる。
「犯人はこの中にいる。」ではなくて、「犯人はどこかにいる。」というタイプのなかなか斬新なミステリーだと思った。
まあミスリードが主体の話とはいえ、基本的に大そうなトリックとかがあるわけでもないので、ミステリーというと多少語弊があるような気もするけれど。
とはいえ3人の誰もが犯人かもしれないという疑念を観客に持たせ続けたまま、3つの話を平行で見せ切った構成は見事。
「怒り」というタイトルが、冒頭こそ犯人の何かに対する「怒り」としてぶち上げているけれど、その実は登場人物たちの様々な怒りである点が興味深い。
特に他人への「信頼」に関する事柄を通奏低音としているが、人が人と向き合っていくときの最期の壁が描かれているようにも思う。
自分への歯がゆさに対する怒り。
信じてやれなかったことへの怒り。
裏切られたことへの怒り。
前回、吉田修一原作・李相日監督の「悪人」ではあまり話に共感できなかったのだけど、本作ではその人を信じたい部分と信じられない部分の揺らぎがとても良いと感じた。
そういう意味では、実は途中で誰が犯人かという事はどうでもよくなっていたかもしれない。
むしろ「3人とも犯人ではありませんでした」ってのもありなんじゃないの?なんて思ったくらいでw
誰かが犯人になってしまうと、その時点で残りの2人はミスリードするための単なる仕掛けでしかなくなってしまうわけで、それではちょっともったいないなあとも思った次第。
まあ、原作もあるだろうからそう勝手なこともできないだろうけどね。
ただ、原作者も犯人を決めずに中盤まで小説を書いていたという話を聞くと、いっそ犯人をマクガフィンにしていれば、さらに人間の信頼の揺らぎを見せつけられたのかなあ?なんて。
それはさておき、この映画の役者陣はとても素晴らしい。
演技巧者たちのアンサンブルには見入りました。
観ていて楽しい映画ではないけれど、こういう感情の土台を話としてしっかり描き、表現している作品は素晴らしいと思います。
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