シネつう!
JAPAN STYLE !!

海と毒薬
1986年制作

満足度:

遠藤周作の同名小説の映画化作品。
1945年5月、九州F帝大では次期医学部長選挙を控えて第一外科と第二外科の教授が争っていた。
そんな時、主人公が所属する第一外科で行われた手術宙に患者が死亡するオペミスが発生する。
そしてその名誉回復の手段として教授連が選んだのは、米軍捕虜8名に対する生体解剖実験だった…。

題材として九州大学生体解剖事件を下敷きにしているけど、鑑賞してみると事件そのものを指弾しているのではなくて、倫理を問うような状況に陥った時の良心の在処がテーマだと思った。
2人の主人公である医学部研究生の勝呂と戸田、彼らはひとりの人間に内在する良心の呵責を具現化した存在だろう。
人の良心という抽象的な概念を描くときに、いわゆる心の中の“天使と悪魔”として戯画化されるそれと同じ様なキャラクターに落とし込んでいるわけだ。
オペミス隠しに捕虜の生体解剖実験…と題材にした事件がショッキングなだけについそちらに目を奪われてしまうけれど、この2人のキャラクターを通して“逡巡する自分”と“受容する自分”という心理的な相克を見事に映像化していることには感服した。

もちろん原作があっての人物設定にこの物語だということはそうだけど、一線を踏み越える人たちの気迫が画面から伝わってくるというのは映像の力でもある。
主演の奥田瑛二と渡辺謙もさることながら、教授役の田村高廣や成田三樹夫、看護婦長の岸田今日子と名優たちが作る空気が凄いよなあ。
登場人物の人となりを冒頭でさっと描いた後に見せた映画前半の手術シーン。
点数稼ぎのはずだったそれが失敗に陥っていくときの手術室の緊張感たるや、えげつないと言ったらないわ。
ただただ強烈。

映画では序盤から登場人物の会話に医学関係の業界用語が頻出するけど、特に説明台詞は用意されない。
それも意図的なんだろうと思う。
特に回診や手術の相談のなどのシーンで頻出する「ステる」という単語は、聞いているだけだと日本語の「捨てる?」かと受け取るし「ポジティブな単語ではなさそうだ」という印象止まりなんだけど、くだんの前半でのオペミスで「ステりました」と宣告したシーンで明確に「死ぬ・死にました」の意味だと理解してギョッとしてしまった。
「お前ら回診中も患者の前で『どうせ死ぬ』とか言うてたんかい!」とハッキリする仕掛けにしているわけだ。
(「ステる」は独語のsterben(死亡)が基の業界用語だそう。)

1986年の作品だけどモノクロ映画でもある。
戦中の話だからかとも思ったけれど、手術シーンを観ると「モノクロでよかった…」と思うことも必至。
作品世界の雰囲気づくりと、手術シーンでの血に対する心理的抵抗感にいくらかのフィルタをかけるという意味でも、モノクロで撮るというチョイスは的確だっただろうな。

本当に見ごたえのある映画だった。


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