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幼いころに母を亡くし、そのトラウマから歌を歌えなくなった主人公のすず。
しかし友人の誘いで参加した仮想世界Uでは歌えることを知り、そしてその歌によってUの歌姫として一躍時の人となる。
細田守監督の「サマーウォーズ」以降の作品はどちらかというと監督の実生活からインスピレーション得たような傾向が感じられるけど、本作はどちらかというと「『美女と野獣』をやってみたい、世界観は自分の得意なネットネタで」という趣味の方向に倒した感じかな。
そういう意味では欲望に忠実で良いじゃないかとは思えるものの、肝心のストーリーの組み立てになるとやや引っかかるものが残ってしまうのは相変わらず。
前作の「未来のミライ」の感想でも「空中分解一歩手前で何とか踏みとどまった」と書いたけど、本作もどうしてこんなに色々ぶち込むのかと正直言って首をかしげたくなる部分はあった。
主人公のメンタルを話の幹にしつつ、母親の心理への気づき、父親との関係、主人公を支える親友や幼馴染との関係、恋敵?との関係、合唱隊のおばさんたちとの関係、そしてネットの向こうの“竜”との関係を描くわけだけど、やっぱり要素が多すぎてそれぞれが淡白になっている感が拭えない気がするんだよね。
それらを「歌」という要素で繋いではいるけれど、それぞれで淡白なままでは表面的に「主人公を支える人」と「主人公に救われる人」という記号陥りがちというか…。
観ながら、「これなら映画じゃなくて個々のキャラクターに1話ずつという形でフォーカスできるTVシリーズの方が向いてそう」と思ってしまったのは事実。
Uという世界観も「サマーウォーズ」の時のような魅力はあまり感じなかった。
「サマーウォーズ」の「OZ」はインフラとして現実世界に直結していた部分に(当時は)未来感があったけど、Uはネット上のコミュニティ以上の存在感は感じられないので目新しさは薄い。
そもそも50億人が参加しているというUの“50億”という数字も(世界人口と同じくらいの規模という事以外)あまり意味がなかったし、何か設定的にはもう少し何かあってもよかったような。
竜の居場所を特定するのにも結局は“隣にいる人”の経験がものを言っているし、最後の最後には高知から関東まで移動して会いに行くという行動自体がまさに“非ネット”の方に対する肯定感を物語っているよね。
終盤でネグレクトの問題をぶち込んでくることも別にそれ自体は構わないんだけど、本作の描写でリアルとしての落とし前がちゃんとついているのか、個人的にはあまり納得は出来なかった。
広いネットの世界を描きながら狭い人間関係が話の主体であり、センシティブな問題を描きながらしの解決はぼやけたままという語りの揺れが、自分があまり入り込めなかった要因だと思う。
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