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映像制作会社の社長・立花は、引退した往年の大女優・藤原千代子へのインタビューへと向かう。
引退後30年ぶりに受けたというその取材で、彼女はその半生を語りだす。
ある人物の半生記という体裁だけど、実際には“女優という虚像”を描いた物語かな。
ラストの「あの人を追いかけてるあたしが好き」というセリフがそれを物語っているけど、これは“初恋の人を追いかけ続ける女”というキャラクターを最期まで演じきった女優の本懐を描いているのだろうと思う。
「適当に嘘を織り交ぜてやるんだ」とは劇中の別の人物のセリフだけど、結局のところ回想に見せかけた物語であり“藤原千代子”という像が描かれているのだよね。
劇中では妖(あやかし)の老婆が千代子にかけた呪いが何度も示唆されるけど、“初恋の人を追いかけ続ける女”という千代子が自分自身に課した女優像の湾曲した表現だったことは、終盤に老千代子と老婆の顔がオーバーラップすることからも分かる。
立花はその“藤原千代子”にゾッコンな人物。
そういう意味では演技者にとって最高のファンという記号でもあるわけだけど、観客としてはその立花の目を通して千代子に感情移入してしまうので、どうしても千代子の思惑通り煙に巻かれてしまった感はあるかな。
だから観ていてラストのセリフに「えー!?」と思ってしまう瞬間もあったわけだけど、それは“藤原千代子”という女優の長芝居なのだという種明かしに気づかさせられた証左でもあるので、作品としては成功なのだと思う。
「千年女優」…いいタイトルだ。
作品としては87分という尺でそれほど長くはないのだけど、それにもましてテンポのいい展開で千代子像が描かれていく。
最大の仕掛けは回想と劇中劇としての映画の融合だけど、そのルール(回想内に入り込んでいく傍観者)を観客にすっと理解させてしまう手際が実にいい。
千代子に入れ込んでいるがために回想に(進んで)巻き込まれていく立花と、それに対するツッコミ役としてのカメラマン・井田の温度差は面白いねえw
「いつから映画なん!?」
「満州はどこ行った!」
「幕末やし…」
観客の思っていることを代弁してくれるのでスッキリするし、キャラの役割通り関西弁なのがいいなあ。
回想なのか劇中劇なのかの曖昧な境界線は、現実と妄想を一緒くたに描くことのできる今敏監督の真骨頂ともいえる。
ウソに真実味と統一感を与えるアニメーションのアドバンテージを最大限に生かした演出は実に見事。
リアルな造形なので一見「実写でもできるんじゃないの」と思わせるけれど、これほどハッタリを利かせた演出は実写ではそうそうできないだろうなあ。
正直あらすじだけを聞くと「邦画史になぞらえた回顧録?」って感じに地味に感じてしまう部分もあるけれど、その実は女優の業のようなものを写し取ったファンタジー…とでもいえる不思議な作品だった。
やはり表現型として、「アニメのウソ」によって虚実の境目を極限まで曖昧にしてしまう今敏監督という天才のセンスに惹かれるし、その演出には脱帽してしまう。
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